古代文字と創作
今より3千余年以前、中国黄河流域に栄えた殷王朝で誕生した甲骨文と金文は漢字の源流であるとされ、私たち日本人を含む東アジアの漢字文化圏の文化の基盤のひとつを為しています。
神権政治国家であった殷王朝において、文字は神の意思、また神そのものを顕在化するものとして卜文(占いの文章)に刻されました。
概念を物の形と関連付けて記号化し、意味を持たせたこれら漢字の祖先は、表意文字として世界中で唯一、今日までその流れを絶やすことなく生き続けています。
その始原の姿は、文字を創り文字のもとに生きた当時の人々の思念と生き様が、豊かで伸びやかな造形感覚によって象徴化されています。
その根本にあるものは自然への畏敬の念であり、過酷な生活環境や社会の有様、人間同士の素朴な愛情、祖先血族の絆、また敵対し戦い略奪する残虐な心まで、人間が生きる赤裸々で瑞々しい姿が凝縮されています。
墨刻では、古代の人々によって記号化された文字の形状をたどるのではなく、その文字の象形のもととなる具象物をイメージし、それを記号化した古代の人々の思索・思念をたどります。その上で、自分自身の思惟のもとに文字としての抽象化表現に挑戦しています。
古代文字を表現の題材とすることは、古代の人々の「人間のエッセンス」に触れることであり、さらに自分自身の内包する宇宙と交流させることです。
そうして創作者が表現したものは作者自身の人間のエッセンスであり、それは観る人の内面に語りかける力を持っていると信じます。